大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)4085号 判決 1967年8月31日

原告 日本建設工業株式会社

被告 国

代理人 伴喬之輔 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実<省略>

理由

一、原告が土木建築請負等を業とする会社であつたことは、当事者間に争がない。

二、(証拠省略)ならびに弁論の全趣旨によると、原告は昭和二六年一一月同年一二月までの間に米国政府(司令部調達局)との間に被戦災建物である元扶桑金属工業株式会社尼崎工場の復旧工事に関し別紙(一)記載のとおりの請負工事契約(本件各契約)をしたことが認められ、他に右認定に反する証拠がない。

三、(証拠省略)の結果によると、本件各工事契約は個別的になされているが、いずれも関連した右被戦災建物の復旧工事で、米軍によつて提示された図面、仕様書の記載内容に従つて行われるべきものであり、右各契約条項中に「契約担当官は随時書面によつて図面もしくは仕様書又はその双方について、その全般的範囲において追加を命じ、変更を加えることができ、金額、工事期間に増減のある場合には公正な調整をし、それに従い書面で契約を修正しなければならない」旨定められていること、右建物復旧工事は第八〇九一陸軍部隊(技術建設分遺隊・隊長は契約担当官の代理官グツドブレツド中佐)によつて管理され、右部隊から派遣されていた建設係官サーモンスは現場の最高責任者、契約担当官の現場事務の代行者として業者を指示する等の事務を担当していたこと、原告が本件各契約による工事に着手した後焼ビルの復旧という工事の性格等から設計上の欠陥が多く追加、変更工事を要する箇所が続行したので、サーモンスは右工事中随時別紙(二)工事明細記載の工事(本件追加工事、但し工事内容の詳細はしばらくおく)を含む追加変更工事の施行を命じたこと、そこで原告はサーモンスに対し右追加・変更を命じられた部分につきその都度見積書を提出して極力チエンジ・オーダー(変更命令)が発出されるよう求めたのであるが、続出する追加・変更工事の度毎にチエンジ・オーダーの発出をまつてその後に工事をしていたのでは工程の順序から契約にもとづく工事の施行ができず、従つて履行期に完成引渡ができないうえ、当時米軍の命令が絶対的なものであり、原告の作業員が右口頭命令による追加・変更工事の施行を拒絶して作業現場から締出されたようなことがあり、又サーモンスがチエンジオーダーを後刻必ず発行し代金を支払う旨確約したので原告はサーモンスの口頭命令に従い昭和二七年五月末頃までの間に追加変更工事を含めて建物復旧工事を完成し米軍に引渡したこと、その後右追加変更工事の一部については原告はその代金の支払を受けたことがあるが本件追加工事(工事内容の詳細はともかくとして)については原告の要求にもかかわらず契約担当官との間の契約の改訂もされず、その代金の支払も受けていないことが認められ、他に右各認定に反する証拠はない。

ところで原告は、右サーモンスの口頭命令にもとづき本件追加工事を施行したのであるからとりもなおさず米国と原告との間に右追加工事の内容に応じた工事契約が成立したことになると主張するので検討する。

本件各契約によると、契約にもとづく工事を追加変更し、その結果金額、工事期間に増減のある場合には、契約担当官は書面で契約を修正しなければならない旨定められているところ、本件追加工事は原告の主張によつても少くとも金額に増加をきたす場合であるから書面による契約の修正を要する場合にあたることは明らかであるが、本件においてその書面の作成されていないことは原告においても認めて争わないところである。よつて本件各契約を追加・変更するについては契約担当官の書面による変更命令(契約の修正)が絶対的な要件であるか否かについて検討してみるに、(証拠省略)によると、米国軍契約異議処理委員会Armed Services Board of Contract Appealsにおいては「追加変更工事については、契約にもとづく工事を完成する上において追加変更工事を必要とする具体的情況があれば、すなわち、その追加変更命令が発出されるべき事情があればその命令が発出されたものと看做される。」との見解に立つていることが認められる。この見解は、米国陸軍調達法規にもとづく本件契約についても相当と解せられるところ、(右乙第六号証によると原告から本件各契約につき異議申立を受けた極東軍司令部契約異議委員会For East Command Board of Contract Appealsも右見解に従つている。)前記認定のとおり本件追加工事は本件各契約にもとづく工事(建物復旧工事)を完成するための必須の工事であり、かつ契約担当官の現場事務の代行者であるサーモンスの命により施行されたものであるから、追加工事部分については契約担当官からチエンジ・オーダー(変更命令・契約の修正)が発出されたときと同視され、それにより原契約(本件各契約)は原告のなした追加変更工事に即して変更されたことになるので、本件追加工事については原告は米国に対し、それに応じた契約上の補償請求権を取得したものといわなければならない。もつとも、本件においては、本件追加工事部分の代金額につき原告と米国との間に確定した合意が成立したと認め得る証拠はないが、本件契約中において契約による工事の追加変更について金額に増減のある場合には公正な調整をし、それに従い契約を修正することとされているのであるから、原告は右追加工事に要した費用と適正な利潤を加えた額の工事代金(補償)請求権を取得したものと認めるのが相当である。このことは、原告が後に本件契約の紛議条項(第六条)にもとづき極東軍司令部契約異議委員会(For East Commond Bord of Contract Appeals)に異議申立をした結果、追加変更工事の一部につき、契約担当官から追加変更工事に要した費用に相当な利潤を加えた工事代金を受領していることからも明らかであるということができる。

なお原告は、本件追加工事四は屋外排水溝復旧工事であつて本件各契約のいずれの契約にも属しない別途工事であると主張するが(証拠省略)の結果によると、本件契約三の工事の履行期限は昭和二七年三月一二日と定められていたところ、同年一月頃右契約にもとづく五号建物の復旧工事の完成が近づいた矢先、屋外の排水溝が泥等で閉塞して汚水が流れず、そのままでは右五号建物を含め他の七号、八号、九号建物も使用できないことが判明するにいたつたので、サーモンスより原告に対し、右復旧工事を完全なものにするため、右各建物の屋外排水溝の復旧工事施行するよう要求し、三五、〇〇〇ドル位の代金を支払う旨を申入れたこと、そこで原告は、右要求に応じて屋外排水溝の復旧工事(本件追加工事四)を昭和二七年三月末頃までに完成したこと、サーモンスは本件追加工事を本件契約一ないし三の範囲内にあるものと考え、これを右契約(特に本件契約三)の追加工事とする意図であつたこと、原告もまた、本件追加工事四を本件契約三の追加工事としてチエンジ・オーダーの発出を求める等して、これを本件契約三の追加工事として取扱つていたことがそれぞれ認められるのであつて、右各事実を総合して考えると、右追加工事は、独立の別途工事ではなく、本件契約三もしくは同一、二の追加工事としてなされたものと認定するのが相当である。

四、しかるところ、原告は、本件追加工事の施行により一〇〇、九一一ドルの工事代金請求権を取得したと主張するとともに、被告が平和条約第一九条(a)項により日本国民が連合国に対して有する請求権を放棄したことにより、原告の米国に対する右工事代金請求権が放棄され、これによつて原告は被告に対し、右工事代金に相当する補償請求権を取得するにいたつたと主張するので、以下、その当否について判断する。

(一)  そこで先ず、被告が平和条約第一九条(a)項により原告が米国に対して有する本件追加工事代金請求権を放棄したか否かについて検討する。

平和条約第一九条(a)項は「日本国は戦争から生じ又は戦争状態が存在したためにとられた行動から生じた連合国およびその国民に対するすべての請求権を放棄し、且つこの条約の効力発生前に日本国領域におけるいずれかの連合国の軍隊又は当局の存在、職務の遂行又は行動から生じたすべての請求権を放棄する」旨定められているところ、(証拠省略)によると本件建物復旧工事は平和条約の発効が迫り、米軍の日本占領終了の時間が近づいてきたため、米軍が日本政府の要望等により軍の施設を縮少し集中する政府の一環として米国の補給部の倉庫にするためになされたものであることが認められるので、右建物復旧工事にもとづく工事代金請求権は平和条約第一九条(a)項にいう連合国の軍隊の存在、職務の遂行又は行動から生じた日本国民の請求権にあたるから、右工事代金請求権が平和条約の効力発生前のものであれば右条項によりその請求権が放棄されたことになる。ところで本件建物復旧工事は米国(司令部調達局)と原告の間で昭和二六年一一月、一二月中に締結された本件各契約にもとづき原告がその項から右工事に着手し、その後追加、変更工事もあつたが昭和二七年五月末頃までの間に全部完成し、米軍に引渡されたことは前記認定のとおりであるところ、平和条約は昭和二七年四月二八日に発効したことは当事者間に争がないので、右建物復旧工事は平和条約の効力発効時の前後にわたつて施行されたことになる。しかるところ、平和条約の効力発生前に連合国の軍隊の存在、職務の遂行又は行動の必要から日本国民と連合国との間で締結された双務契約において、日本国民の連合国に対する義務の履行が平和条約の発効の前後にわたる場合日本国民の連合国に対する反対債権についてその請求権がどうなるかについて考えてみるに、原告の主張するように日本国民の債権だけが放棄され、反対給付の履行義務が平和条約発行後においてもなお存続するものと解すことは極めて不合理な結果となるので、これに従うことができず、また被告の主張するように右のような場合には日本国民の債権は平和条約第一九条(a)項により放棄されていないものと解することは明らかに右規定の文理に反することになるのでこれを採ることもできず、結局、日本国民が平和条約発効の時までに履行の完了した部分についてそれに対応する反対債権を放棄したものと解さざるを得ない。

なお被告は本件の如く連合国と日本国民との間の私法的取引にもとづく債権に平和条約第一九条(a)項の適用がない旨主張するが、そのように解すべき根拠は見当らない。そうすると原告の本件追加工事代金中平和条約発効前に施行された工事に対応する分については平和条約第一九条(a)項により請求権が放棄され、その後に施行された工事に対応する分については請求権が放棄されなかつたものといわざるをえない。

もつとも、(証拠省略)の結果によると、平和条約発効後において本件契約七について原告と米軍契約担当官との間で追加協定書が作成され、本件契約一、二、七について原告はサーモンスに対し技術建設分遺隊長宛のレリーズを提出し工事代金を受領したことが認められ、またその後本件各契約の紛議条項にもとづき原告から追加変更工事の代金支払に関して極東軍司令部契約異議委員会に異議申立をした結果、米軍契約担当官から追加変更工事の一部について工事代金の支払を受けたことは先に認定したとおりであるが、その事実があるからといわれて原告の平和条約発効前に施行した工事の工事代金請求権が平和条約によつて放棄されなかつたものと解することはできない。

(二)  次に原告は日本国憲法第二九条、調達規第一二号にもとづき被告が原告に対し被告が平和条約により放棄した原告の請求権を補償すべきであると主張するので、検討する。

日本国憲法第二九条は第一項において私有財産の不可侵を宣言し、第三項において「私有財産は正当な補償の下にこれを公共のために用いることができる」旨規定しているところ、平和条約第一九条(a)項による日本国民の連合国及びその国民に対する請求権の放棄は日本国と連合国との間の戦争状態を終結させるための平和条約を成立させるためになされたものであり、したがつて右日本国民の請求権は被告によつて公共の目的のため処分されたものということができるから、平和条約自体に請求権を放棄せしめられた国民に対し国の補償を義務づける規定がなくても日本国憲法第二九条第三項の趣旨から国において正当な補償をなすべき義務があるものといわなければならない。平和条約一九条(a)項によつて放棄の対象となつた請求権は同条約第一四条に掲げる財産、権利および利益の如く戦争損害の賠償にふりあてられるものではないが、平和条約を成立させるという公共のために用いるという点において本質的な差異は存しない。

しかしながら、日本国憲法第二九条第三項は国が国民の財産権を保障し、これを公共の用に供する場合には正当な補償をなすべきであるとの一般原則ないし方針を明らかにしたに止まり、同条により直接具体的な補償請求権が生ずるものではなく、具体的な補償を請求し得るためにはそのための法律の規定を要するものと解せられる。原告は調達規第一二号を根拠に被告において平和条約によつて放棄された原告の本件追加工事代金債権を補償すべき旨主張するが、(証拠省略)によると調達規一二号とは昭和二七年一〇月六日付調達甲発第二二号調達庁長官から各調達局長宛の「連合国軍ノ占領期間中ニオケル正規ノ手続ニヨラナイ調達ニ伴ウ損失補償要領ニツイテ」と題する通達の別紙として掲げられた補償要領を指すもので通達の一部をなすものと認められ、その内容は原告主張のとおりのものであることは当事者間に争がないところ、通達は上級行政庁が制度の運用方針、取扱準則法令の解釈基準等を明らかにするため下級行政庁等に対して発するものであつて、それ自体国民の権利義務に影響を与える法規たる性質をもつものではないから、仮りに右調達規第一二号が原告の主張するとおりの補償をなすべき旨規定したものであるとしてもそれをもつて原告の主張するような具体的請求権を発生させる根拠とすることはできない。

そしてまた、調達規第一二号が平和条約第一九条(a)項によつて放棄された国民の請求権を国が補償するために発せられたものでないことは、次の理由からも明らかである。

(証拠省略)によると、次の事実が認められる。

連合国軍の日本占領に伴う需品等を充足するため需品等の調達については当初明確な手続がなかつたところ、昭和二二、三年頃連合国軍からスキヤピン(覚書)一八七二号が出され、これにより調達手続がほぼ確立し、日本国政府が連合国軍から調達要求書(Procuament Demaind)の発出を受け、日本国政府がそれぞれの業者に発注し、それにもとづいて業者が占領軍に需品、役務等を提供し、日本国政府が各業者に代価を支払う(終戦処理費中より支出する)方法(これを間接調達、PD調達という)がとられるようになつたが、昭和二五年の朝鮮動乱を契機として米国の軍調達法規にもとづき右動乱に伴う需品を充足するため米国(米軍)が直接日本の業者と需品の購入等の契約を結び、米国の資金をもつて米国が直接業者に代価を支払う方法(これを直接調達、ドル調達という)がとり入れられ、これが米国の占領経費半額負担政策の施行に伴い、占領軍維持のために必要な需品等の調達についても同様の方法がとられ、日本占領の末期には米国の占領軍維持のための需品等の調達方法には前記PD調達と直接調達の二方法が存在していた。ところで右PD調達手続は、(1)連合国軍から日本国政府に対するPDの発出、(2)日本国政府と業者との契約、(3)業者の連合国軍に対する契約の履行、(4)連合国軍から業者に対する調達受領書(Procuament Receipt P.R)の発出、(5)日本国政府から業者に対する代価の支払という経過で進められるのであるが、平和条約の発効により連合国軍による日本占領が終了したため、右手続はすべて不要となつた。そこでPD手続が完結していないものについて発生した請求についての処理基準を定めることを目的として昭和二七年六月一二日調達庁次長から各調達局長宛に別紙(三)の内容の調達甲発第八号の通達が出された。さらに、平和条約発効前においては、連合国軍がPD手続によらないで日本国民から調達した場合、調達手続に違背して調達した場合(但し連合国軍が直接調達したものを除く)には特別調達庁において事後的に連合国軍にPD・PRの発出を求める等してPD手続に乗せて処理してきたが、平和条約の発効によりPD手続に乗せる取扱が不可能となつたので、これらのものの補償については昭和二七年一〇月六日調達庁長官から各調達局長宛に調達甲発第二二号(調達規第一二号)が出された(なお右調達甲発第八号において、連合国軍が正規の手続によらない調達行為によつて与えた損失で国の責に帰すべき事由のないもの(主として不法調達および調達手続違反等に起因する調達)については別途決定されることになつていたが、右調達甲発第二二号はその別途決定として出されたものである。)そしてその後、右調達甲発第二二号の解釈について疑義が生じたので調達庁総務部長から各調達局長宛に昭和二七年一〇月一八日調総発第三九八号「連合軍の占領期間中における正規の手続によらない調達に伴う損失補償について」と題する通達を発し、調達甲発第二二号(調達規一二号)は占領期間中における旧連合国軍の維持のための調達であつてドル調達のような軍の直接契約に関連するクレームに対してこれを適用しない外、軍の不法行為による損害の補償についてもこれを適用しない旨明らかにした。

そして他に右認定に反する証拠はない。

以上の事実からすると、調達甲発第八号、調達甲発第二二号・調総発第三九八号の一連の通達が、PD手続による調達を前提とするものであり、本来国の負担する債務について、平和条約の発効によりこれを履行する手続が廃止されたため、その支払の準則を定めるために発せられたものであることは明白である。

以上のとおりであるとすると、日本国憲法第二九条第三項は平和条約第一九条(a)項によつて放棄された原告の請求権について具体的な補償請求権を根拠づけうる規定とは解せられず、しかも他に原告の主張するような補償請求をなし得るものとする法律は存在しないのであるから、日本国憲法第二九条、調達規第一二号を根拠とする原告の請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。

五、次に原告の予備的請求について判断する。

(証拠省略)によると、住友金属工業株式会社(前扶桑金属株式会社)尼崎工場は昭和二三年と同二五年の二回にわたつて米軍に接収され、その後PD手続に乗せられて国と右会社との間で右工場について契約期間を一年とする賃貸借契約を結んで毎年更新し、米軍に提供してきたのであるが、平和条約発効後は日米行政協定により引続き右会社から国が右工場を賃借し、これを米軍に提供するという形で従前のとおり米軍が使用してきたこと、米軍が右工場を接収した当時右工場建物は焼ビルであつたがその後PD調達、直接調達により、もしくは安保諸費の支出により建物等を整備し、右工場建物の価値はいちじるしく増加したこと、被告は昭和三二年一二月二日右工場を米国から日米行政協定第二条第三項、第四条第二項にもとづき返還を受け、同日被告は右会社に右工場を返還したのであるがその返還について被告と右会社との間の被告主張どおりの約旨により右会社に利得が生じたものとして双方協議の上昭和三六年一二月二日から五回に分割して被告が右会社から金一二五、四一三、八二五円の支払を受けたことが認められ(被告が昭和三二年一二月二日右工場を米国から日米行政協定第二条三項、第四条第二項にもとづき返還を受け、同日これを右会社に返還したこと、被告が右会社に右工場を返還するについて一二五、四一三、八二五円の支払を受けたことは当業者間に争がない)他に右認定に反する証拠はない。

ところで前記のとおり平和条約の発効により原告の米国に対する本件追加工事代金(但し右条約発効前に施行した工事に関する分)請求権が放棄され、原告は右に相当する損失を蒙つたことは疑いのないところであるが、一方、右請求権放棄の結果直接に利益を受けたのは米国であつて被告でないことは右平和条約の規定によつて明らかである。すなわち被告は、日米行政協定第四条第二項の「日本国はこの協定の期間満了の際、又はその前に日本国に施設及び区域の返還の際当該施設及び区域に加えられている改良又はそこに残されている建物もしくはその他の工作物について合衆国にいかなる補償をする義務を負わない」旨の規定により米国から右工場を現状のままで返還を受け、米国が右工場に加えた改良等による利益を承継取得するとともに、右工場を前記会社に返還するに際して、同会社との契約にもとづいて利得の償還を受けたにすぎないのである。つまり、原告のなした本件追加工事にもとづく利得が結局被告に帰属したものとしても、その利得は、請求権放棄の結果利得を得た米国(原告は米国に対しその不当利得の返還請求を求めることはできない)から、被告が右工場建物の返還を受けた際に同建物とともにこれを承継したことによるものであり、したがつて、原告の損失と被告の利得との間には相当因果関係が存しないといわざるをえないのである。のみならず、被告が米国から右工場の建物の返還を受けた際において、原告のなした本件追加工事にもとづく右工場の価値の増加がどの程度残存していたかも明確ではないのである。

そうすると、原告の被告に対する不当利得の返還を求める予備的請求もまた失当といわなければならない。

六、よつて原告の本訴請求はいずれも理由のないことが明らかであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 藤原弘道 長谷喜仁)

別紙(省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例